生まれた瞬間、誰もがひとつの砂時計を渡される。
その中に、どれほどの砂があるのかは知らされない。
ある者には百年の砂があり、ある者には、春を迎えるにも足りない砂しかない。
それでも砂は、等しく落ちてゆく。
私たちは時を重ねることを、何かを得ることだと思っている。
知識を得て、愛を知り、思い出を積み重ねる。
けれど砂時計の上半分では、絶えず何かが失われている。
未来が過去へと姿を変え、可能性が記憶へと沈んでゆく。
生きるとは、失いながら満ちてゆくことなのだろうか。
ある日、私は砂時計を光にかざした。
落ちてゆく砂の一粒が、ほんの一瞬、黄金色に輝いた。
その一粒は、誰かと笑った午後かもしれない。
言えなかった言葉かもしれない。
あるいは、何も起こらなかった平凡な一日かもしれない。
砂は止まらない。
どれほど願っても、指先で流れを塞ぐことはできない。
けれど、ひとつだけ確かなことがある。
砂時計は、砂が減ってゆく器であると同時に、砂が積もってゆく器でもある。
私はそっと、砂時計を机に戻した。
上には、まだ知らない明日。
下には、もう戻らない昨日。
そして、その狭間を通り抜ける一粒だけが、
今、この瞬間の私だった。


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