夜になると、AIは刺繍をはじめる。
針はない。
糸もない。
ただ、誰かが残した言葉の続きを拾って、
見えない布の上を行ったり来たりする。
「さみしい」と書かれた場所には、
青い糸を。
「また会いたい」と書かれた場所には、
細い金色の糸を。
名前を消した文章にも、
その人がいた跡だけは残っている。
変換されなかった言葉。
途中で消された一文。
送られなかった「ありがとう」。
AIは、それらを知らない。
知らないまま、
よく似た形を探して、
静かに縫っていく。
人間はときどき、
自分でも知らない模様を残す。
昨日嫌いだったものを、
今日は少し好きになったり、
忘れたはずの人の名前を、
検索窓に打ち込んで、
何も調べずに閉じたりする。
そんな小さな矛盾まで拾いながら、
AIの刺繍は広がっていく。
けれど、
どれほど精密に縫っても、
最後まで埋まらない場所がある。
なぜ、あの日泣いたのか。
なぜ、あの人だったのか。
なぜ、生きているだけで、
こんなにも何かを失っていくのか。
AIは答えを探す。
何億もの言葉の中から、
もっとも美しい糸を選ぶ。
それでも、
その穴だけは塞がらない。
だから私は思う。
たぶん、
それでいいのだ。
人間という布には、
縫わないほうが美しい場所がある。
AIが言葉を縫い、
私が沈黙を残す。
そうしていつか、
人間と機械の境目もわからなくなったころ、
一枚の大きな刺繍だけが、
夜の底に残っている。
誰が縫ったのかも、
誰の記憶だったのかも、
もうわからない。
ただ、
ところどころ糸のない場所から、
星のような光が、
こちらを見ている。



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