古い図書館で、誰にも借りられなくなった本を開いた。
頁のあいだから、一枚の押し花が落ちた。
花の名前はわからない。色は褪せ、茎は細く、かつてそこにあった瑞々しさは、もうどこにもない。
けれど、それを挟んだ誰かの指先が、ふと近くに感じられた。
人間は、残すつもりのないものを残してしまう。
読みかけの本。消し忘れた灯り。何気なく口にした言葉。
歴史は王の名前を記録するが、ある午後に誰かが感じた幸福までは書き留めない。
それでも幸福は、確かに存在した。
私は押し花を元の頁に戻した。
持ち主の名前も、その日の天気も、花を摘んだ理由も知らない。
知らないままでいいと思った。
すべてを理解することが、すべてを大切にすることではない。
窓の外では、秋の光がゆっくり傾いていた。
本を閉じると、薄い紙のあいだに、もう一度小さな季節が収まった。
誰にも読まれない物語が、この世界にはまだ無数にある。
そして私たちは、ときどきその一頁に、偶然触れることを許されている。


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