少年のポケットには、
いつも何かが入っていた。
丸い石。
錆びた釘。
蝉の抜け殻。
どこで拾ったのかも忘れた、
青いガラスの欠片。
大人になれば、
どれも捨てるものだった。
けれどあの頃は、
世界のほうがまだ新しくて、
道端に落ちているものにも
秘密があった。
少女は、
夕暮れになると家に帰った。
髪には一日の匂いがしていた。
校庭の砂。
図書室の本。
誰かの家で食べたお菓子。
夏草の青臭さ。
母親の呼ぶ声が聞こえるまで、
もう少しだけ、
もう少しだけ、と
友だちと話していた。
何をそんなに話していたのだろう。
たぶん、
大したことではなかった。
だからこそ、
あんなにも大切だった。
夏休みは永遠だった。
七月の終わりには、
八月がなくなる日など
来ないような気がしていた。
自転車で知らない町まで行った。
川を覗いた。
神社の裏へ入った。
百円玉を握って駄菓子を選んだ。
遠くへ行ったつもりだった。
あとになって地図を見ると、
家から三キロも離れていなかった。
少年は少女を好きになった。
けれど、
好きという言葉をまだ上手に使えなかった。
だから、
消しゴムを貸した。
帰り道を少し遠回りした。
少女が笑えば、
意味もなく走った。
少女も、
たぶん何かを知っていた。
けれど知らないふりをして、
夕焼けのなかを歩いていた。
やがて秋が来た。
制服の袖が長くなり、
影が長くなり、
話さないことが少しずつ増えた。
子どもだった世界に、
ゆっくりと鍵がかかっていった。
最後の日がいつだったのかは、
誰も覚えていない。
最後に泥だらけになった日。
最後に秘密基地へ行った日。
最後に母親から
「暗くなる前に帰ってきなさい」
と言われた日。
最後に、
明日のことなど考えず眠った夜。
少年も少女も、
ある朝突然、
大人になったわけではない。
気づかないほど静かに、
あちら側へ渡ってしまったのだ。
そして何十年か経った夕方、
仕事帰りの電車の窓に
夏の雲が浮かんでいる。
その形が、
どういうわけか
あの日の雲によく似ている。
胸の奥で、
名前のわからない場所が
ほんの少し痛む。
帰ることはできない。
けれど、
なくなったわけでもない。
少年は今も、
あの川辺を走っている。
少女は今も、
夕暮れの道で誰かを待っている。
蝉が鳴いている。
自転車が倒れている。
遠くから、
晩ごはんを知らせる声がする。
そして世界はまだ、
明日というものが
無限に残されているかのように、
ゆっくりと暮れてゆく。


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